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秋の祭り

観光・宿泊スポットの検索結果

9件中 1~9件を表示

三木金物まつり

中村貴船神社

赤面隆鼻の面(天狗面)をつけ、長方形の花笠をかぶり、褐色の舞鶴紋のある衣を着た龍王が八尺あまりの木槍を振り回しながら神社の庭を飛び回る「龍王の舞い(りょんりょん)」で有名な神社です。龍王は、大昔天からやってきて排水路や田畑の区画測量をした猿田彦命だと言われています。 伝説として、太閤秀吉が貴船神社に参拝し、陣太鼓1個を寄進したとも言われています。

中野間貴船神社

氏子は中野間・下野間・仕出原の三集落にまたがっています。祭事には馬駆け(流鏑馬)、屋台の練り込みが行われています。馬駆けについては、その昔、土地の豪族が五穀成就の吉凶を弓矢の的にかけて試したという故事にならって、毎年三集落が交替で当元をつとめる習慣になっています。まず、塩ふりが道先を清め「馬乗り」が弓矢で的を射て参道を三往復します。
昔は参道の両側を参詣人が取りかこみ、馬の尻を竿や竹でたたいて狂奔させて盛り上げることが習慣だったようです。

兵主神社秋祭り

大名行列、神輿1台、屋台5台による盛大な秋祭りです。

加藤登紀子 日本酒の日コンサート

銘酒と名曲のコラボレート
山田錦発祥の地であることから、毎年10月1日に、「加藤登紀子日本酒の日コンサート」を開催しています。この日に解禁となる「登紀子ブランド酒」は3,000本が限定販売され、題字はもちろん登紀子さんの自筆、ラベルには優雅な杉原紙が使われ、即日完売するほどの人気です。
ベルディーホール(多可町文化会館)

播州糀屋稲荷神社

創立は推古天皇2年の建立と伝えられ、天平時代、称徳天皇の崇敬が厚かったようです。
寛永十一年(1634年)、大阪落城の後、姫路城主:本田忠刻に嫁いだ千姫が社堂を建立し、自らの安産を祈願するために詣でたことから安産の神様と知られています。
昭和61年、播州清水寺や笠形山、千ヶ峰などとともに「ひょうご風景100選」に選ばれています。
長い参道を進んでいくと、狛犬たちと見事な大鳥居が迎えてくれます。
ひょうたん型の池がある庭園も見事です。くびれた部分には石橋が架かり、鯉たちが泳ぐ姿を眺めることができます。
境内には赤穂の奥野将監の墓所や、江戸幕府2代将軍徳川秀忠の長女で本多忠刻の妻、千姫の懐妊を祈願した灯篭も残っています。
また、春になれば、庭園の先に続く小道で桜やツツジを楽しむことができます。
毎年8月1日には八朔祭が開催され大勢の人で賑わいます。

日吉神社大祭

日吉神社は、天長7年(830)現在奥宮のある鎌倉山より神様を祀るため、近江の国、山王権現(日吉大社)が勧請されました。
祭りは毎年10月の体育の日前日に行われます。周辺地域より6基(以前は7基)の神輿が集まり、境内での6基の神輿による巡行は勇壮です。

鍛冶屋大歳金刀比羅神社

播州三大祭りの一つ「こんぴら祭り」
ご祭神は、大歳神、他三神で、厄除け、商売繁盛、子授け、縁結びにご利益があるといわれています。
創建沿革は不明ですが、延宝5年(1677年)の検地帳に神田の記載があることから、慶長年代以前の創立であり、有数の神社であったと推測されます。
この神社は、寛政6年(1795年)2月、当集落の藤井孫右衛門氏が病気平癒のため、讃岐琴平宮より勧請したものですが、明治44年1月、大歳神社に合祀し、大歳金刀比羅神社と改称しました。
金刀比羅神は仏教の「神」で竜王の意味を持ちます。
外観が、平安期以降の寝殿造りの様式を取り入れた「入母屋造平入」となっていて、この地方では珍しい造りとなっています。
桧皮葺の屋根は流線型に描いていて、面の中には千鳥破風や唐破風が彫り込まれるなど、軒周りのはなやかな装飾彫刻に目を奪われます。
毎年11月に行われる金刀比羅祭礼は、かつて十万人余の参詣者があり、サーカスなどの催し物があり、鍛冶屋線の列車も5~6輌編成で賑わいました。
また、姫路の総社祭、北条の住吉神社祭(北条の節句祭)と併せ「播州三大祭」と言われています。
神事として、12月大晦日には『すずめのもん』という当集落独特の行事が催されています。
また、境内の稲荷神社を『若宮さん』とよび、1月14日には子どもたちによる『キツネ狩り』行事が催されています。
スズメノモン

青玉神社の曳山まつり

 五穀豊穣の祈願、感謝の意で秋に行われます。何百年も続いている祭りであり、曳山の中の飾りがポイントです。この中にはめでたい内容のものや、元気に子どもが育ってくれる願いから、鯉の滝登り、宝船、五穀奉上、高砂、鶴亀などがあります。
 この飾り付けの材料は、木・藁(わら)・苔(こけ)・桧葉などの自然のものを基礎に五穀を使って細かく飾り付けをします。曳き山のまわりには、竹笹をつけ七夕の様に短冊や祝儀袋も飾ります。当日は、漬物とお神酒による神事のあと、曳山おどりを踊りながら村中を練り歩き、五穀豊穣を祈ります。特にこの地域では、男子(跡継ぎ)が出来なかった時、氏神さん(青玉神社)にお願いしては。」ということで「曳山をつくり」つくりものをして献上したところ、以後男子が産まれるようになった、という言い伝えがあります。青玉神社では、その家の長男のみが一生に一度「一代当」を受けるしきたりになっています。曳山おどりは700年続きましたが、一時休止となり、昭和49年に復活しました。

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